一つの理想と音楽家

探していた家

板東さんご夫妻にお誘い頂いて、昨日午後から茶木さんのご自宅で開かれたコンサートへ。

今年の夏に富良野の六花亭に行って、その建物の隣にある美術館の内観があまりにも素晴らしくて、良いなぁ、窓がでかくて緑に囲まれた中で仕事をしたいなぁって思っていたんだけど、その理想のような家でした。

リビングは55畳だったっけ?
平屋で周りは静かで、野生動物がたくさんいるというその環境はとても羨ましくて、良いなぁ、良いなぁと何度も僕は言い、茶木さんに「この辺でどこか空き家ってないですか?」とお訊きしたら、「もしかしたら○○さんが買った家、誰も使ってないかもしれないから訊いてあげる」と言って頂きまして、多分望みは薄いだろうなと思うけど、こんな感じのロケーションのところに住めたら、俺ったらめちゃめちゃ仕事が捗るだろうなぁと思ったりしました。

通り道

f:id:yamadakazufumi:20181022064832j:plain

こちらの家に着く前に、普通に「熊出没」の看板があって、茶木さんに「熊とか見たことあります?」と興味本位で訊いてみました(念の為に書くと、野生のヒグマを見たことのある北海道民は極々少数です。沖縄のハブのような存在)

すると「えぇ。ここ、熊の通り道なんです。前に主人が玄関を開けたら、そこに熊がいたみたいですし」と言われ、まーじすか、と、怖いって感情が先に来て、その次に「なんか羨ましいわぁ」って気持ちになりましたよまったくもう。

ミュージシャン、っていうよりも「音楽家」

一応、昔はミュージシャンを志し、夢半ばで諦めて革の世界に入っていった山田としては、やっぱりね、音楽でメシを食っている人への嫉妬ってのはどこかにずっとくすぶっているんです。

これって単純に日本語の響きとしての違いだと思うんだけど、例えば写真を撮っている人でより商業的なものを撮る人は「カメラマン」とか「フォトグラファー」と僕は呼んでいるけど、もっと深く追求して芸術の域に達しようという人を「写真家」と僕は区別しています。

そんで、エレキなギターやベースなんかでもそりゃものすごい人たちは大勢いるけど、フルートとかバイオリンといったような「独学じゃやらないよね」っていう楽器をプロの域まで達していった人たちって「ミュージシャン」じゃなくて「音楽家」として僕は捉えているわけです。

僕が持っていったレンズが50mmだったので、画角の問題でキーボードの方は入れれなかったんだけど、この女性二人がこれまた可愛い子ちゃんたちでして(キーボードの方が男性だったから写真に入れてないってわけじゃないです。あくまでも画角の問題ね、画角の問題、本当に←書けば書くほど嘘くさい)、終わった後に一緒にコーヒーを飲んで簡単にお話をさせて頂いたんですが、いやー、良いですなぁ、やっぱり。

食えない時期が長い人ほど、魅力的になる理論

自分の好きなことをやってメシを食っていくのって、当然ながら大変です。

でも、僕も同じように食えない時期が長かったからなのか、彼女たちにはそういった悲壮感みたいなものは全然出ていないんだけど、なんかこう、「わかるよ。山田もその気持ち、わかるよ、うんうん」と普通の話をしながらも、その奥にある部分を見ていくような感覚になって、なんかちょっと握手したいようなそんな気持ちになりました。

帰りに「しらかば」へ

「山田くん、お腹空いてない?」と板東さんに訊かれ、僕は基本いつでも腹が減っているハングリー野郎なので「空いてます」と即答。
「じゃあ、しらかば行こう。ラーメンも美味いんだよ」と言って頂いて、板東さんと奥さんと三人でしらかばへ。

ラーメンセットが運ばれてきて、僕の前に置いてくれたおばちゃんが僕の顔を見て、「あら、お久しぶり。え?板東さんと?」と訊かれました。

店をやっていたりすると、毎日いろんな方と知り合ったりするので、正直すみません、いくら女性でも顔を忘れてしまうことがあって、僕は「えと、すみません。どこでお会いしましたっけ?」と訊いたら、「ほら、三平で一緒に飲んだじゃない」と言われて、あっちゃーとなりました。
そうだそうだ、結構前に佐藤工務店の社長さんと、キンキンとチンチンと一緒に行ったなぁってことを思い出し、「あー、その節はどうもごちそうさまでした」とご挨拶。

そして三人でもりもりと食べながら話をしていたんですが、どんどん少しずつ両親とメシを食っているような感覚になりました。

あー、楽しかった。
店戻ってから仕事をしてバッグを仕上げて、帰ってからお土産に頂いた鶏めしを食べて昨晩は眠りました。

そんな良い一日。
さてさて、仕事いく準備しよう。明日は定休日なので、多分札幌に仕入れに行ってきます。